オールブラックスの衝撃
ラグビーW杯が初めて開催されたのは1987年。オーストラリア・ニュージーランド併催によるものでした。このとき栄えある優勝トロフィー、ウェブ・エリス・カップを手にしたのはニュージーランド代表チーム「オールブラックス」。ラグビーファンなら当然知るところではあったものの、一般の人がオールブラックスを認知したのはこの大会からといえるかもしれません。
追いすがる敵をざくざく払いのけ激走するバックス(BK)陣、鉄壁のスクラムを組むフォワード(FW)陣、そして絶妙な試合運び。黒ジャージ姿の巨漢たちの圧倒的、いや圧巻といってよい勝ちっぷりに唸らされ、このスポーツの新たな魅力に気づいた人は多かったはず。このときの主力選手には、のちに日本のヘッドコーチになったウィング(WTB)のジョン・カーワン、チームの頭脳ともいえるオックスフォード大出の超エリートでスクラムハーフ(SH)のデービッド・カーク主将らがいました。
そしてなんといっても、オールブラックスを忘れられない存在にしたのが、テストマッチ(国際試合)の前に敵陣に向かって必ず行なわれるマオリ族のウォークライ(喊声)こと、ハカ(Haka)。他のスポーツの国際試合ではほとんど見られないイレギュラーな儀式に、当時どれほど度肝を抜かれたことか(ウォークライはフィジー、トンガ、サモアも行ないます)。
伝統国の戦いぶりを堪能しよう
しかしながら、過去8回の大会でオールブラックスの優勝は3度。最多ではあるものの、オーストラリア(愛称「ワラビーズ」)と南アフリカ共和国(愛称「スプリングボクス」)は2度ずつ、イングランドも1度優勝を飾っており、世界のラグビーは伝統国がしのぎを削っている状態といってよいでしょう。
ラグビーの伝統国とは、アイルランド、イングランド、ウェールズ、スコットランド、フランスからなるヨーロッパのファイブネーションズ(現在はイタリアが加わり、シックスネーションズを構成)と、南半球のオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ共和国の3ヵ国(現在はアルゼンチンが加わり、ザ・ラグビーチャンピオンシップを構成)をさします。新興国つまり弱小国との力の差はまるで大人と子供といわれ、テストマッチで数十点~100点台の大差をつけられることも少なくありません(実際、1995年の第3回W杯南アフリカ共和国大会では、日本はオールブラックスに17―145と悪夢のような歴史的惨敗を喫しています)。
勝負にこだわりキックを多用して敵陣に斬り込むイングランド(なんと2019年大会のヘッドコーチはあのエディー・ジョーンズ!)、華麗なパスまわしであとからあとから攻撃陣が湧き出てくる「シャンパンラグビー」のフランス、2019年シックスネーションズを制し現行ヨーロッパナンバーワンと目される古豪ウェールズ(愛称「レッドドラゴンズ」)、アパルトヘイトを乗り越えて全民族が結集して戦い続ける南アフリカ共和国、北アイルランドとの合体チームで臨み「魂のラグビー」を展開するアイルランド…。
19世紀以降、ラグビーが旧大英帝国の国々や地域、ヨーロッパ諸国などに普及し、ルールが整えられていった過程で、豊かな戦術が生まれ熟成された伝統国の誇り高い戦いぶり。是非堪能してもらたいと思います。
新興国、日本はどこまでくい込めるか
前回2015年W杯イングランド大会で、弱小国日本が「ラグビージャイアント」とたたえられる強豪南アフリカ共和国に逆転勝ちし、世界が驚く大番狂わせを演じたことは記憶に新しいですね。名コーチ、エディー・ジョーンズによる不屈のチームづくり、ゴールキック前に独特のポーズをとるフルバック(FB)五郎丸歩選手の大活躍と相まって、この年の日本スポーツ界にとって最も祝うべき出来事となりました。
2019年大会の日本の目標は、前回惜しくも逃した八強入り(決勝トーナメント進出)。上記の伝統国はW杯八強のほぼ常連ともいえ、地元開催の日本が、その牙城をどこまで切り崩せるかが注目です。とはいえ、力をつけてきた新興国は日本だけではありません。近年のアルゼンチン(愛称「ロス・プーマス」)のパフォーマンスには目を見張るものがあり、2015年大会のジョージア(旧グルジア。愛称「レロス」)の躍進は日本と同様、高く評価されました。伝統国への挑戦権を得るにも、他に強力なライバルがいるのが現状です。
得点面で先んじられようと、試合終了ぎりぎりまで攻防を繰り広げれば、必ずや勝機を見出せると信じ、2015年大会で南アフリカ共和国をみごとに倒した日本。あれから4年…、新コーチ、ジェイミー・ジョセフのもとで、誇り高き強者に挑む戦術を、そして経験を、確実に積み上げて、ひとまわりもふたまわりも成長した日本代表の姿、挑戦者の姿を、是非もう一度見てみたいものです。
美しきラグビー
日本代表には勝ってほしい……のは正直なところだけれど、ラグビーの試合終了をかつて「ノーサイド」no side(現在は「フルタイム」full time)と称したように、試合が終われば勝ち負け問わず皆仲間という思いを共有するのがラグビー。この仲間への強い思いは、代表チームのメンバーに国籍を問わないことにも十分反映されています。国、国籍の概念を乗り越えて一歩進んだこのスポーツの世界観や美徳……約1ヵ月半のW杯開催期間中、その魅力にたっぷり浸ってみてください.。
開催年 | 結果 | |||
1987 | New Zealand | 29 | France | 9 |
1991 | Australia | 12 | England | 6 |
1995 | South Africa | 15 | New Zealand | 12 |
1999 | Australia | 35 | France | 12 |
2003 | England | 20 | Australia | 17 |
2007 | South Africa | 15 | England | 6 |
2011 | New Zealand | 8 | France | 7 |
2015 | New Zealand | 34 | Australia | 17 |
もっと知りたい方は、ラグビーの成り立ちや普及、ルールなどについて解説したブリタニカ・オンライン・ジャパンの「ラグビー」をご覧ください。日本代表の活躍を中心に2015年大会を解説した『ブリタニカ国際年鑑2016年版』特別リポート「ラグビー史を彩った桜のジャージ」、および同大会で2連覇を達成したオールブラックスの主将リッチー・マコウを取り上げた人間の記録「マコウ」。さらに2011年のオールブラックスの24年ぶりの優勝を取り上げた『ブリタニカ国際年鑑2012年版』スポットライト「ラグビー・ワールドカップ」、1990年代のオールブラックスの中心選手で、2015年に40歳の若さで他界したジョナ・ロムーを扱った「ロムー」もお勧めです。
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