東京パラリンピック開催へ「もう一つの」スポーツの祭典を楽しもう

 

リハビリテーションを目的とするものから、体を鍛え勝利を目指す者同士の純然たる競技へと変貌を遂げて久しい障がい者スポーツ、パラスポーツ。先日8月8日に幕を下ろした東京オリンピック競技大会(五輪)に続き、パラスポーツの祭典、東京パラリンピック競技大会もコロナ禍による1年遅れを経験し、8月24日に開幕します。毎回先行開催される五輪に比べ「影が薄い」といわれるパラリンピックですが、近年そうしたイメージも大きく払拭されつつあるようです。

もう一つのスポーツ

「パラスポーツ(Para-Sports)」。この言葉は近年にわかに定着してきました。パラとはパラリンピックのパラ。パラリンピック(Paralympic)の語は1980年代終盤に「もう一つの」を含意するParallelとOlympic(オリンピック)を組み合わせたものとして、公式に定義づけられました。健常者のスポーツとはまったく別種の、あるいはやや見下したような印象のものから脱却し、障がい者スポーツを、健常者スポーツと肩を並べるスタイリッシュな「もう一つの」スポーツとして受け止めてもらいたいという願いが込められていそうです。

確かに、競技性の向上や練習環境の整備・充実、マスメディアにおける注目度、一般市民の認知度において、オリンピックとの差は徐々に縮まり、パラリンピック、パラスポーツにとって明るく前向きな効果ももたらされるようになりました。しかし、両者の垣根が低くなったことで、当初思ってもみなかった問題や課題が浮上してきました。

オリンピックとの垣根と公平性

すでに10年ほど経ちましたが、2011年の世界陸上と翌2012年のロンドン五輪のことです。両足義肢のスプリンター、オスカー・ピストリウス選手(南アフリカ共和国)が健常者と同じ舞台に立ち、個人種目の400mと、4×400mリレーに挑みました。めぼしい結果は残せませんでしたが、ひとたびオリンピック選手、いわゆる健常者の記録を脅かすパラスポーツ選手の登場となると、話は違ってきました(ピストリウス選手はその後、殺人事件の容疑者として世間を騒がせたことでも有名になりました)。

右足義肢の走り幅跳び選手マルクス・レーム(ドイツ)は、2015年の国際パラリンピック委員会(IPC)主催の世界陸上で、ロンドン五輪の優勝者グレッグ・ラザフォード(イギリス)選手の記録8m31を上回る8m40の記録を出しました。パラスポーツの世界大会では飽き足りないレームは、2016年リオデジャネイロ五輪への出場を希望しましたが、「性能が高度化した義足が跳躍に有利に働いていないこと」の証明ができなかったのを理由に出場を認められず、さらに今回の東京五輪の出場もかないませんでした。

スポーツ競技に厳しく求められる、フェアプレーの精神や公平性・公正性の確保を鑑みると、義足などの「用具」の問題は徹底議論される必要がありそうです。かつて競泳の世界で問題となった高速水着レーザーレーサーは「用具によるドーピング」とまで言われました。ましてや今の時代、オリンピックなど著名な国際大会で勝利した者には、一生分の名誉や高額の報酬が約束されることもあるため、そこは、しかるべき組織にきちんと管理・整備してほしいと思うのは一般のスポーツファンの偽らざる気持ちでしょう。

もっと私たちの側に

ストイックに勝負に臨む競技者たちの間では解決に頭を悩ませる問題がこれからも出てきそうですが、私たち自身は「もう一つの」スポーツをもっと楽しんでみたいものです。

パラスポーツは、テレビやインターネットの映像を通じて、競技の詳しい解説や実際の競技の様子を知る機会が増えました。残念ながら、東京パラリンピックは新型コロナ感染拡大で原則無観客となり、会場に足を運べませんが、是非とも自宅で世界レベルの勝負をテレビ観戦してほしいです。特に「パラスポーツ独自」といわれる競技、ゴールボールシッティングバレーボールブラインドサッカーボッチャといったチーム競技はアイデアに富んでいて魅力的。また、車いす同士の激突が大迫力の車いすラグビーや車いすバスケットボール、そして陸上競技、競泳、柔道、卓球などのパラスポーツ版も、選手たちの高い技術と鍛え抜かれた肉体、煮えたぎる闘争心に感動を覚えるはずです。パラリンピック2連覇中、今年6月にパラ世界記録となる8m62を跳んだ、走り幅跳びのあのレーム選手も登場します。

パラスポーツへの「参加」だってありえます(一部ですでに試みられています)。ゴールボールやブラインドサッカーは参加者がアイマスクを装着すれば、シッティングバレーボールはお尻を床に着ければ、健常者・障がい者問わず、みんなで楽しめるでしょう。専用車いすが自由に扱えれば、競走や体当たりの多い格闘スポーツも可能。さらに未成年でなければ、試合後の「みんなでビール」もきっとおいしいはず。

身体的な制約をアイデアや工夫で克服し、主体的に楽しむものに発展したパラスポーツ。そもそもスポーツは、人間の自由気ままな動きに制限を加えて共通ルールのもとで楽しむためにつくられました。厳しい制限やルールがあるから楽しいし、チームメートやライバルへの配慮、敬意もそこから生まれます。

コロナ禍のなかで

新型コロナウイルスの感染爆発、医療体制崩壊寸前の折、東京五輪に続いて、東京パラリンピックも開催されます。やはり、開催そのものの是非、無観客の意義などをめぐる議論や意見対立がくすぶるなかでの開幕となりますが、東京五輪は多くの問題を指摘されつつも、大会をなんとか無事終わらせることができました。期間中、多くの人が日本人選手のメダル獲得に歓喜したり、努力を実らせた選手の汗と涙や勝者を祝福する敗者の善性に感動したりしました。また、世界レベルの武力紛争が起こっていないからこそ実現できる「平和の祭典」のありがたみをかみしめた人もいたことでしょう。

引き続く未曽有の危機でのパラリンピック開催ですが、自身のハンデを受け入れ、それを克服し続けたパラスポーツ選手だからこそ、もっと強靭にかつしなやかにこの局面を乗り切れることを信じていますし、是非この局面を目撃してみたいものだと思います。


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