水俣病―世界的関心と長引く影響

 

ジョニー・デップ制作・主演の映画『MINAMATA-ミナマタ-』(2020)が2021年9月下旬より、日本で公開されています。報道写真家W.ユージン・スミスの晩年の大仕事であるフォトエッセイ『MINAMATA』(1975。アイリーン・美緒子・スミス共著)の完成まで、彼が妻アイリーンとともに熊本県水俣市で3年余りを過ごし、水俣病患者たちの取材と、このゆゆしき産業公害の告発に情熱的に取り組んだ姿が描かれています。

ブリタニカ・オンライン・ジャパンの大項目事典には「水俣病」に関する記述が、長短含め7項目(「化学」「」「生態学」「海洋学」「生存権」「日本史」「日本文学」)に含まれています。科学的・医学的見地から歴史的な意味合いまで、この公害病がいかに多岐にわたって影響を及ぼしたのかが見てとれます。

大項目事典「化学」では、化学の発展と産業化による破壊的影響、問われるべき化学企業の社会的責任に関する一事例として、水俣病を取り上げています。また「生態学」では、環境中で希釈された害物質が食物連鎖を通じて生物濃縮される様子が記述されています。水俣病とはまさに、海に廃棄されたメチル水銀などの化学物質が近海の魚介類の中に蓄積して濃度を増し、それらを食べた人々が中毒症状を起こしたものです。「生存権」は四大公害病(水俣病、新潟水俣病、四日市喘息、イタイイタイ病)をめぐる裁判を通じて、人間の生命や健康の侵害を未然に防ぐための環境権が、基本的人権の一つとして考えられるようになったと記されています。さらに「日本史」では、経済最優先の政府方針が公害を生み、水俣病問題といった人間疎外をもたらしたことが書かれ、「日本文学」では水俣病患者への聞き書きをもとに『苦海浄土:わが水俣病』(1969)を書いた石牟礼道子(1927~2018)についてふれています(なお『苦海浄土』は池澤夏樹=個人編集の世界文学全集〈河出書房新社〉に日本人作家の作品として唯一収録されました)。

石牟礼道子も、先のW.ユージン・スミスも、声さえ発せなくなった患者たちの無念や、なおも心奥深く輝きを放つ希望をすくいあげようと、ペンを執り、シャッターを切りました。そして、読む者、見る者の心に強く訴えることで、傍観ではなく、自発的に考えることを人々に促しました。おりしも1960~70年代には、農薬による環境汚染を告発したレイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962)が出版され、環境への意識が世界的に芽生え始め、また日本では1971年に環境庁(現在の環境省)が誕生しました。

これほど広く大きな関心を集めた水俣病ですが、水銀による健康被害はいまだ途上国を中心に発生しています。環境問題に取り組む途上国の活動を支援する地球環境ファシリティ(GEF)は、「水銀に関する水俣条約」に基づき、金採掘・金抽出の工程に使用される水銀の量を削減する努力を行なっていますが、この条約が2013年に採択され、2017年に発効したという事実から、途上国においては、半世紀も前に周知のはずの水銀被害がいまだ見過ごされていることがわかります。悪い意味で「色あせない」水俣病の問題は、経済を優先するあまり放置・先送りしてきた問題の恐ろしさや修復の難しさをまざまざと見せつけているようです。


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